【Part2】スーツケース1つで数ヶ月間旅行したときの話~所有しているものすべてを使う生活

僕の価値観に大きな影響を与えた経験が1つある。それはスーツケース1つで海外旅行をしたこと。期間はたったの3ヶ月程度で、大したことはしていない。でもお金のこと、時間のこと、モノのこと。多くのことを学んだ。そんな旅行の背景について紹介しようと思う。ちなみにこの記事は、以前に書いた記事の続編のつもりで書いている。もしよかったら、前の記事も読んでね(`・ω・´)

参照:スーツケース1つで数ヶ月間旅行したときの話~所有しているものすべてを使う生活

出発前の状況

海外旅行の経験は、ほぼ皆無

僕はそれまで、海外にいったことなんてほとんどなかった。学校のイベントでちょっとした旅行にいったことはあったけど、もちろん英語なんてしゃべれない

学校教育で習った英文法はそこそこに理解してる。だから読み書きの最低限はできる。だけどリスニング、スピーキングはひどいレベル。習ってないもん、そんなの(´・ω・`)笑

だけど社会人になる前に、日本の外の世界をじっくり見てみたかった。ただの好奇心で、行ってみることにした。

一人旅

英語力、経験皆無という状況だったけど、一人で行くことにした。本当は友人を誰か誘っていこうかという思いもあったんだけど、こんな思いつきについてきてくれるような人は、そうそういない。それに一人でいったほうが、自由もきくし、学べることも多いのではないかと考えた。

拠り所の確保

一人旅ということに若干の不安があったので、頼れる場所をキープしておいた。短期間だけど、最初は現地で語学学校に通うことにしたのだ。その際に現地に事務所を持つ留学サポート会社みたいなのを通すことで、何かあったときには頼れるような状況をつくった。また夕方から夜間のコースを選択することで、この期間も比較的自由な時間を確保でき、現地の生活に慣れるための期間と定めた。

プランなしのまま現地へ

旅行期間を約3ヶ月。最初の1ヶ月くらいは、語学学校に通いつつ、現地での生活に慣れる。ここまでの計画はあったけど、それ以降の計画はまったくないまま現地へ飛んだ。

もし語学学校が想像以上におもしろいのであれば、そのまま残りの期間、通い続けるというのも、選択肢の1つではあった。ワーキングホリデービザを利用していたので、働くことも可能だった。もっとも可能性が高いのが、各地を旅行するという選択肢だったんだけど、どこを回るとかは、一切決めていなかった。どこにいくか未定だったからこそ、荷物は極力持たないように意識していた。

現地での最初の1ヶ月

語学学校

クラスを決める際には、口述試験があると聞いていたが、実際は筆記試験だけだった。おかげで実力以上のクラスからスタートすることになった。最初に入ったクラスは、英語力皆無の僕から見ると、全員ネイティブスピーカーと変わらないレベル。日本人どころか、アジア人がほぼ皆無。みんなとにかくペラペラ。「○○の必要性について、今から5分で話し合いなさい」とか言われて、普通に議論し始める始末。みんなすごく優しくて、勉強にも良い経験にもなったけど、さすがに場違い過ぎたので、1週間ほどでクラスを変えてもらうことにした。

次のクラスでも、正直レベルは高かった。とにかくみんな、会話に困る様子がない。日本人の方も数人いたけど、海外に住んで何年で、現地でも働いています・・・とかそういうレベル。先生いわく「英文法はめちゃくちゃ」らしい。たしかに文法に関してのみいえば、1つ上のクラスにいたときでも、それほど困らなかった。このクラスにいた日本人の人たちも同様で、文法よりも会話についていくのに必死という感じだった。もちろん、僕よりはずっと高いレベルなのは間違いない。そんな人たちが目指しているのが、僕が最初にいたクラスだ。一時的といえど、そのクラスにいた僕に対して「うらやましい」とか「もったいない」といったことを多少言われたが、僕の英語力を目の当たりにして、すぐに納得したようだった(´・ω・`)笑 もっとクラスを落としたいという気持ちもあったけど、このクラスに最後まで在籍。

学校にもよるんだろうけど、語学学校は、ある程度英語が話せる人が、文法や細かいニュアンスなどを学んで、より洗練させていくのに最適な場所かな・・・というのが僕の印象だった。そもそも英語を話すことに慣れていない人は、街で買い物をしたほうが勉強になると思う。でも強制的に英語を話す機会を持てるし、先生主催でイベントをしてくれることもあるので、決して無駄ではなかったかな。

日常生活

授業は夕方からだったので、昼間は街をぶらぶらすることが多かった。特別何かをするというよりも、買い物にいったり、公園の芝生の上で昼寝をしたりと、のんびりした生活を送った。もし僕がリタイアして、海外移住でもしたとしたら、こんな生活をするだろうなぁというイメージどおりの生活

またこの期間の滞在先は、語学学校に通う学生がメインのゲストハウスのようなところだった。個室と相部屋があったんだけど、僕は勇気を振り絞って、相部屋を選択していた。ルームメイトも語学学校に通っていたが、現地でも職を持っていて、僕よりもずっと英語力が高かった。次第に仲良くなり、一緒にご飯を食べにいったり、カフェにいったりすることが増えていった。年齢も、生まれた土地も違う彼との会話は語学学校の授業よりも実践的で、僕にとっては、とても良い英語レッスンだった。また僕自身がいかに日本色に染まっているかを実感することもたびたびだった。

滞在先には、日本人の人も何人かいて、彼らやルームメイトを通して、いろんな人と話すようになっていった。英語力は大きく劣っていても、なんだかんだ意思疎通はできるものだということが、少しずつわかってきた。極端な例だけど、大学教授と3歳児だって、ある程度のコミュニケーションは取れるのだ。3歳児側のちょっとした勇気と、大学教授側の配慮さえあればね(`・ω・´)

その後

1ヶ月経っても、英語力は正直いって、大して上昇していなかったと思う。でも、英語を話すということに対する抵抗が、だいぶ小さくなっていた。おかげで、居心地のよい場所を離れる勇気も沸いた。

そして、僕ははじまりの土地を離れて、ちょっとした旅に踏み出すことにした。この辺の話は、書き出すと長くなってしまうので、また機会があったら書こうと思う。

まとめ

結局は小さな勇気が大きな一歩。動き出してしまえば、意外と勝手に動いていく。よく英語は、話すことに対する抵抗が一番の障害だというけれど、本当にそのとおりだと思った。単語を並べるだけでも、ある程度のコミュニケーションは取れるんだよね。

以上、ゆとり隊長でした(`・ω・´)!


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