会社は雲上人たちの住処。

労働観

意外かもしれないけれど、社会人としての僕の人柄は、素直だとか、温厚だとか、謙虚だとか、そういう評価を受けることが多い。

僕はそもそも、頭でっかちの頑固者だし、小さいことにイラッとするし、感情や考えをがんがん外に出すタイプ。平和主義なところもあるから、まったくそういう性質がないわけじゃないのだけど、本来の性質とはかなり異なる印象を与えている気がしている。

では、それがどこから由来してるのか。ちょっと考えたら、答えらしきものが簡単に浮かんだ。

それは、会社員という人種を、基本的に問答無用で尊敬しているということ。

 

ここで、記事タイトルにつながるのだけど、僕は、会社を「雲上人たちの住処」だと思っている。

会社というのは、長く会社員をしているとか結婚して子どもがいるとか、そういう立派な人たちと、その予備軍の集団なわけで。

働きたくないとか、小さくのんびり暮らしていきたいとか、そういうことばかり考えている僕からすると、ほんともう、神々に近しい存在なわけで。

雲上人たちと一緒にいること自体、恐縮だなーなんて思ってるわけで。

 

そんな感覚を持っているから、自然と謙虚な感じになるのかもしれない。

志を高く持った立派な人たちが、悪意をもっていじわるを言うことはない。だから、何かおかしいと思うことがあっても、自分が気づいていない背景や、やむを得ない事情があるはずだ…と考えるようにしている。

ただ、わけもわからず指示に従うのはストレスになるし、自分のためにもならないから、相手の胸を借りるつもりで意見も言うし、反論もする。

それらが受け入れられたらうれしい。でも、受け入れられなくても、自分の言葉に耳を傾けてくれたり、プラスアルファの情報がもらえたりするだけで、もう十分。

 

僕も僕なりに真剣に働いているつもりだけど、周囲の方たちと僕では、やはり本気度と覚悟が違う。そのことは、常に頭の片隅に置いている。

僕には、背負うものもないし、定年まで働く熱意もない。生活コストを小さくすることで、とりあえず何をしても生きてはいけるだろうという逃げ道を用意していて、ゲーム感覚で働いているに過ぎない。

 

つまり、僕は謙虚なわけではなく、周囲との立場の違いを踏まえた結果、自然とそういうふるまいになっているのだろう。

別に、自分を無意味に卑下しているつもりはない。会社というフィールドで、仕事というミッションについてだけを考えるならば…という話。

こんなゆるいことを言っていられるのは、ゆるいことを言っていられる環境で生きてきたからかもしれないのだけど、僕の社会人としての性質を司る考え方の1つになっているようだ。

 

世の中の「普通」とされる人たちはすごい。学校のテストで平均点を取るよりも、「普通の人」として生きていくことのほうが、100倍難しい。

僕は僕で、自分の生き方を大事にしていきたいけれど、世の中の多数派な人たちの生き方にも敬意を払わないといけないなと、改めて思った休日の夜でした。

以上、ゆとり隊長でした(`・ω・´)!


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