日常から得られるものと、非日常から得られるもの。

人生観★★

穏やかにのんびりと暮らしたい。腐るほどの時間がほしい。そういったことを、僕は日々願っていて、贅沢な暮らしにはあまり関心がない。

僕のブログやTwitterを見てくれる人は、共感いただける人も少なくないとしても、一般的には受け入れがたい異質な考え方だと思っている。

「そんな生活をして、何が楽しいの?」「働くことを拒否してまで、やりたいことがあるの?」「無職なんて、1ヶ月もすれば飽きる」…世間からは、そんな声が聞こえてくるような気がするね(苦笑)

うーん、不思議。同じ人間なのに、何が違うんだろうね(´・ω・`)?

日常と非日常。

僕の中では、1つの答えが出た。それは、日常と非日常の、どちらにどれくらいの快感を期待しているか。その割合に個人差があるのだろうという結論だ。

日常から得られるもの。

日常から得られるものは、「安心」や「安らぎ」だろうか。

家でごろごろしてたり、よく行くカフェでのんびり過ごしたり…といったことが含まれる。大きなトラブルが起こることはなく、多くのことは想定の範囲内に収まる。ほっとできる時間といえる。

非日常から得られるもの。

一方で、非日常から得られるのは、「刺激」なのだと思う。

旅行に行くとか、おいしいものを食べにいくとかが該当するかな。前述した「日常」と対比して考えると、友人と遊ぶのも、こちらに該当するとしておこう。

「日常」がほっとした時間を与えてくれるとすれば、「非日常」はわくわくする時間を与えてくれる。

日常と非日常、どちらにどれくらいの期待をしているのか。

日常と非日常、どちらにどれくらい期待をしているかは、個人差が大きい。これは、平日の夜や、休日の過ごし方をみれば、ある程度わかると思う。

土日に予定がないと落ち着かないという人は、非日常に大きな期待をしているのだろう。逆に、休日くらい1人でゆっくりさせてという人は、日常への期待度が大きいというわけだね。

僕は日常を重視したい。

日常と非日常問題は、正解というものはない。あくまで、個人がどう感じるかの世界。

…という前置きした上でいうと、僕は、日常にかける期待度がすこぶる大きい。

非日常は、日常をより楽しくするためのスパイスであって、脇役。主役はあくまで日常だ!くらいの感覚。日常が楽しいのが大前提で、それをより楽しくするために、非日常があると、僕は考えているからだ。

だから、非日常のために、日常を我慢しようといった考えは、僕にはしっくりこない。「週5日も働きたくない」なんて思ってしまうのも、僕にとっては、日常が何よりも大切だからだ。

終わりに。

もう1つ、最後に触れておきたいのが、「日常」と「非日常」の定義自体も、個人差があるかもしれないという点。

便宜上、僕なりの定義を述べたけれど、日常と非日常は、明確に分離できるものではない。また、非日常は、日常に非ず過ごし方を言うわけで、普段の過ごし方と相対的な評価になる。

すなわち、同じ時間を過ごしていても、ある人にとっては日常で、ある人のとっては非日常…なんてこともあるのだと思う。

隠居や早期リタイアには、適性がある人とない人がいて、それを「無職の才能」なんて表現をすることがある。無職の才能の秘密は、日常と非日常の感覚に隠されているのだろう。

…なんてことを朝から考えているダメ人間、ゆとり隊長でした(`・ω・´)!


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