ついに友人たちの間で、年収に関する話題が出るようになった。

人との付き合い方

少し前になるんだけど、学生時代の友人たちと飲んだときの、お金に関する生々しいお話。

社会人になってしばらくは、年収を話題にしてくる人はいなかった。まぁ最初の頃は、みんな似たようなもんだもんね。だけど、ついにそういう話が飛び出すようになった。多少なりとも差が出てくる年代に差し掛かったのだろうか。

僕自身の年収は、可もなく不可もなくといったところだろうか。残業が少ないことを考えれば、特に不満はないかなぁという感じ。

だけど、稼いでる人は稼いでるよね。僕より100万円単位で多かったりするの。いやぁ、羨ましい。非常に羨ましい。その分がまるごとが毎年の貯金になり、リタイアまでの距離を縮められるわけで。

身近な人の年収を具体的に聞くことは、今まであまりなかった。だから、いざ数字で自分より高い年収を得ている人が目の前にして、やはり「羨ましいじゃねぇか…」となってしまった。これが、妬みという感情なのだろうね。

そりゃそうさ。年100万円で暮らせる僕からすれば、年収が100万円多ければ、1年遊べるのだ。羨ましいに決まってる。そして、これは将来、セミリタイアした後にも、うっかりすれば、苛まれかねない感情なのだろうと思う。

しかし、何かを得たければ、何かを手放さないといけないという法則は不変だ、ということを忘れてはいけないなと改めて思った。高い年収を得るために、みんな何かしらの犠牲を払っている。何を手放すべきかは、人によって異なる。

僕は自分の時間を取れることを第一条件にして転職をした。一方で、ある人は、残業が増えてもいいから年収を上げたいと転職をした。ある人は、20年後、これくらいのポジションにつけていれば、かなりの収入が得られる…と長期的な展望を立てていた。

そのまま話を聞いていると、時給換算にしたら、みんな同じようなものだなぁという印象だった。残業代分が年収に上乗せされているだけだったり、基本給に差があっても、サービス残業があったり。

残業も少なく、時給換算にしても高給な人もいたけれど、大学院の博士課程を出ていて、いろいろな意味で自己投資を相当にしてきた結果だった。定年まで働くのであれば、今のところ大成功だと思うけど、僕のようにアーリーリタイアを考えている人にとっては、二の足を踏んでしまう道だ。

また、職場での人間関係が大変そうだった。彼らは楽しそうに話していたけれど、社内イベントがいろいろあったり、同僚と旅行にいったり。プライベートないんじゃ。。いや、それがプライベートとして楽しめているから、大丈夫なのか。。

隣の芝は青い。だけど、他人の良いところだけを見て羨ましがるのは、愚の骨頂。俯瞰して、自分にとって良い場所で生きていくことを心がけたい。そんなことを思いましたとさ。


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