「お前はどうなんだ?」から「がんばれよ!」の恋愛話にうんざり。

人との付き合い方

以前は、毎日のようにバカ話をして笑いあっていた友人たちも、会う度に大人になっていき、彼らと自分との間に感じるギャップは、日々大きくなっていく。

大人になった彼らは、恋愛や結婚に興味を示さない人間への理解が薄い。世の中の人間は、みんな恋愛や結婚をしたくて、それが叶う人と、叶わない人がいるだけだ…という前提で、生きているのだろうか。そもそも、願っていない人もいるというのに。

のろけ話を披露してくれるのであれば、こちらも幸せな気持ちになれるからいいのだけど、「お前もがんばれよ!」と言われると、途端に「あぁ、またはじまったよ」とうんざりしてしまう。

「『自分』は今最高に幸せなんだ」という話を聞くのは大好きだ。幸せな人が発するオーラは、周囲の人をも幸せにするよね。「『僕たち』の願う幸せってこうだよね?」と共感を求めるくらいで止まるのなら、まぁいい。共感してほしいこともあるよね。

うんざりしてしまうのは、「お前はどうなんだ?」からの流れ。「いないよ」と答えたら「そうか」で終わるならいいよ。でも、終わらないよね、普通は。

「1人が気楽でいいんだ」などと本音を言えば、「恋愛しないともったいない」「今遊ばなくてどうする」「彼女がいなかったら、休日何してるの?」「さみしくない?」となるでしょ。

「彼女ほしいけど、なかなかね」とみんなの価値観にあわせた発言をすると、「合コンとか行かないの?」「友達紹介しようか?」「何かモテそうな趣味でもはじめようぜ!」などと踏み込まれる。新聞のセールスマンか何かかい(´・ω・`)?

彼女がいることにしてしまえば楽なのかもだけど、見栄をはってるみたいで嫌だし、根掘り葉掘り聞かれて嘘を重ねていく羽目になるのはしんどい。

もしもね。本音でしゃべって、お互いの価値観を認め合えるなら、悪くないんだよ。メリット・デメリットを議論するのも、わりと好物だ。だけど、違うでしょ。彼らは、恋愛や結婚は人生に必須であるというのが人類共通の最終解だと思っていて、「かわいそうなやつ」を救ってやろうという感覚なのだと思う。

わかるよ。自分が良いと思うことは、周囲の人にもオススメしたくなるよね。僕のことを心配してくれてるのも、ありがたいと思ってるよ。

友人が言った。「転職したり、海外に1人でいったりする行動力を、少しでも恋愛に向ければいいのに」と。そうかもしれないけど、そういう話じゃないんだ。。付き合いも長い。そろそろわかってもらえないだろうか。

もうね。僕にとって、そこからの会話は、消化試合なの。こちらの恋愛事情を聞かれた時点で、会話の終着点が透けて見えるの。

価値観は十人十色なの。誰も、他人に自分の価値観を押し付ける権利はないの。あなたたちの幸せと、僕の幸せは、必ずしも同じじゃないの。僕は強がってるわけでも、かわいそうなわけでもないの。恋愛や結婚を否定するつもりもないの。ただ、僕にとっては優先順位が相当低い。それだけのことなの。

あなたたちのように、いっぱい働いて、恋愛して、遊んで…と何でも器用にこなす生き方は、心から尊敬してるの。かっこいいと思ってるの。話を聞いてる分には、とても楽しいの。だけど、それを自分がしたいかどうかは別問題なの。僕の幸せを、あなたたちの価値観で定義することはできないの。

既婚者を見ていて心底羨ましく感じるのが、この消化試合から開放されること。厄介ごとの断り文句としても最強クラスの威力を誇る、結婚というステータス。ステータスだけほしい…なんて思ってしまいました(´・ω・`)

勢いで書いた、ネガティブなエゴがでまくりの記事。じつは、次に続いちゃいます。。


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