カフェ依存から脱却して、節約意識で盲目になっていたと気づいた。

ここ数ヶ月ほどでしょうか。お金の使い方で葛藤していました。えぇ、それは驚くほど些細なことで、いかにもケチくさい悩みでした。コーヒー1杯に200円支払うことは無駄遣いに該当するか否か…という問題です。

ゆとり脳内議会にて議論を重ね、「頻繁じゃなきゃいいんじゃねーの」との通達が出されました。こんなシンプルな話ですが、結論に至るまで、様々なことがありましたので、ご報告いたします。

(なお、この記事では、ファーストフードやファミレスなども一括りにして「カフェ」と呼んでます。)

議論の中核は、マクドナルドの存在。

いや、200円なら安いだろう…そう思う人もいるかもしれませんが、僕は大学時代からマクドナルドのヘビーユーザーでした。そう、100円マックです。場所によるのだけど、ちらほらと、すこぶる快適なマクドナルドというのが存在します。広くて、空いていて、きれいで、明るくて…みたいな。

別にマクドナルドにこだわりがあるわけじゃないんだけどね。「利用価値満点!ファミレスとファーストフードの節約メニューまとめ。」でいろいろ紹介してるけど、僕は原則、値段重視なわけです。

んで、満足できていたんです。時間帯と場所を選べば、すばらしく快適な時間を、安価で提供してくれました。そんな快適な生活を、大学時代からずっと送っていました。とくに、前の職場を退職して再就職するまでの間に住んだ街は、そういう店舗があちこちにあり、この世の天国かと思うくらい最高の場所でした。

その結果、僕の中で、「快適な場所の価格≒100円」という方程式ができあがっていました。

一度、カフェと距離を置いて感じたこと。

カフェ依存と脱却。

ちょっと本題から離れますが、無職生活を楽しんでいる中で、今までずっとカフェに依存してきたことを再認識し、カフェへの依存度をもう少し下げておかないと、住む場所が限定されてしまうと危機感を覚えました。

自宅にカフェのような空間を…ということで小さなテーブルを購入したよ。」は、まさにその対策であり、なかなかに効果的でした。自宅が快適だと、カフェの利用頻度は激減し、依存度は明確に落ちました。

カフェにはカフェの良さがある。

しばらくカフェをほとんど利用しない生活をしていました。そして、それほど不満もなかったんですけど、ふらっとカフェに立ち寄ってみると、やっぱり良いなぁ…そうしみじみと感じるんですよね。

外部からの刺激があるからでしょうか。同じことをしていても、不思議と感覚が違うんですよね。どっちが良いとかじゃなくて。

依存するのはまずいと思って、しばらく距離を置いていました。しかし、今は依存状態からは脱却したと言ってもいいでしょう。そうであれば、上手に付き合っていくほうが良い。無理に距離を置くのはもったいない。

カフェ代を固定費扱いしてた?

一度、カフェから距離を置いてみて、はっと気づいたことがありました。それは、今まで無意識に「カフェ代を固定費のような扱いにしていた」のではないか、ということ。

カフェに依存し、カフェが日常生活に溶け込みすぎていた。仕事のある平日でも、よく使っていたし。だから、カフェは生活に必要なものであって、今後も継続的にかかっていく費用。だから、単価を落としておきたい…そう考えていたのだと思います。

だけど、今はカフェに依存しているつもりはありません。日常生活で「必須」な場所から、ちょっとした「贅沢」な場所に格上げされたような感覚かなぁ。

単発的な「贅沢」であれば、コストはそこまで強く意識しなくてもよくなり、代わりに、パフォーマンス側を意識する余裕が生まれます。

 

気軽に行ける距離という魅力は、カフェの価値を高める。

僕は元々、徒歩や自転車での移動を楽しめるタイプです(目的地までの道がシンプルで、かつ道幅があって快適に移動できる…という条件がある場合に限りますが)。

ただ、やはりそのときの気分というものがあるし、季節によっては、長時間の移動はしんどいんですよね。また、天候を気にする必要も出てきます。そう考えると、徒歩5分とか、気軽にアクセスできるカフェというのは、非常に魅力的なわけです。

とくに、自由な時間が限定されてしまう、サラリーマンという立場では。ということで、最近は、近場で快適に過ごせる場所を開拓していました。

依存度が下がれば、単価は重要ではない。

200円でもいい。

やっと本題に戻ります。

偉大なるマクドナルドの存在で、「快適な場所の価格≒100円」が頭にこびりついていた僕ですが、こんな経緯で、200円でもいいやと思うようになりました。

冷静に考えれば、「快適な時間」の価値は、100円かそこらでひっくり返るようなものではないのです。

単価より、依存度を下げることのほうが重要。

僕が心配していたのは、カフェ代そのものよりも、依存度の高さでした。頻繁に行きたいと思うと、近所にマクドナルドが複数あるとこに住みたい!とかなって、住む場所が大幅に限られてくるんですよね。

それに、住んでみないと快適かどうかはわからない。引っ越す度にギャンブルをする羽目になります。だけど、依存度を低くして単発的な贅沢として扱うのであれば、選択肢は大幅に増えるので、ギャンブルをしなくても済むようになります。

節約を意識して盲目になってはいけない。

自戒も込めて、声を大にして言いたい。

節約を意識するあまり、盲目になってはいけない…と。

安ければいいというわけじゃない。それよりも依存してしまうことのほうが何倍も危険なんですよね。離れられなくなる上に、満足度も落ちてしまいがちになる。

これは、振り返れば、『嗜好品に「ときめき」の魔法を。惰性で食べるお菓子は断捨離。』という記事を書いたときに気づいていたことです。気づいていたのに、気づけていなかった(´・ω・`)

依存せず、適度に楽しむ。

一時はカフェ断ちを考えたりもしたけれど、これからもちょくちょく使わせてもらおうという結論に落ち着いた。最安値にこだわることはせず、自分が気持ちよく支払えるなら、200円でも300円でも構わない。

そのかわり、依存したり、日常的に当然のごとく利用するのではなく、その時間を心から楽しむようにしたい。

終わりに:コスパの「パ」を忘れずに。

すっごい長々と書いてしまったけれど、これは僕だけでなく、多くの人がわりと引っかかりやすい罠だと思う。ただ、罠にかかるということは、それだけ好きなわけで、大切にしていくべきことでもある。

節約をしていると、どうしてもコストに目がいきやすいけど、コスパの「パ」にも定期的に目を向けるようにしていきたいものですね。

以上、ゆとり隊長でした(`・ω・´)!

 


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