仕事に「やりがい」を持つことを強制してはいけない。

働くことに対して、どういう目的を持っているかは人それぞれだと思う。ただ、社員の立場として主張したいのは、多くの場合、会社と社員をつなぎとめているのは、「お金」であるということ。今日はそんなお話を書きたい。

なお、この記事でいう労働は、とくに明示していなければ、社員やアルバイトとして雇われて働くことをイメージしてください

労働から得られるものは?

では本題。「労働」の目的について議論するとき、よくあがるキーワードは、次の2つではないかと思う。

・お金
・やりがい

お金については、よほど特殊な事例でない限り、誰もが労働と結びつけていると思うんだけど、よく議論の的になるのは、やりがいだと思う。

やりがいを持つことを、強制するのはおかしい。

こちらについては、仕事と結びつけて考える人ばかりではないはずだ。「仕事≒お金」と割り切り、やりがいや向上心など皆無だという人も、それなりの割合でいると、僕は勝手に推測している。

日本社会には、こういう人たちを責める風潮があるように感じるんだけど、それはおかしいよね。もちろん、業務時間内にさぼったりしちゃダメだよ。ただ、やりがいや向上心を持つのが当たり前だという考えはおかしいという話。

業務時間内にとどまらず、業務時間外にまで「歪な常識」を押し付けることで、サービス残業や、半強制的な勤務時間外のイベント、あるいは有休取得に対する実質的妨害につながっている。

やりがいを持つことはすばらしいけど。

仕事にやりがいや向上心を持つことは、とてもすばらしいことだ。僕も心からそう思うし、自分自身もなるべくそうありたいと願っている。

だけど、それは個人の自由であって、義務付けられるようなものではないはずなんだよ。社員やアルバイトである僕たちは、仕事にやりがいや向上心を、必ずしも持つ必要はない。

業務時間内に、与えられた仕事を、常識の範囲内でがんばればいい。定時になったら、終わろうが終わらなかろうが帰るというスタンスでいい。必要ならば、上が残業命令を出せばいい。もちろん、命令なのだから、残業代は満額出していただく。

雇われて働くというのは、そういうものだと思う。

やりがいに溢れた人をスタンダードにしてはいけない。

ただ、やりがいや向上心をもって、勤務時間内外問わず積極的に知識や技能を磨いている人を批判するつもりはない。会社にとって強力な人材になるだろうから、どんどん評価して、どんどん出世させてあげればいいんじゃないかな。

僕が言いたいのは、そういう人をスタンダードに考えるのはよくないということ。労働契約以上のことを、さも当たり前にやらせようとするのは、何度考えてもおかしいという結論に達する。

会社と社員をつなぎとめるのはお金。

会社と社員は、お金と労働契約で繋がっている。それ以上でも以下でもない。

会社側は、社員が支払う賃金に値しない人材だと判断すれば解雇すればいいし、社員は労働契約に基いて働けばいい。それ以上のことは、してもいいし、しなくてもいい。凄くシンプルな話だと思う。

解雇ができない現状。

ただ、日本社会の場合、現状では「解雇」がとても難しい。したがって、手元にいる人材を使い倒すしかないから、本来は「支払う賃金に値しない人材」であっても、賃金に値するレベルまで無理やり働かせたり、あるいは他の優秀な社員が穴埋めをしたりしないといけない。

ここで「支払う賃金に値しない人材」と書いたけれど、その人が劣っているとは限らない。人には向き不向きがあるから、たまたま仕事に合っていないという可能性のほうが高いと思う。精神論を持ち出さないといけない時点で、その人にあっていないか、会社が無理を言っているかのどちらかではないかな。

仕事に「やりがい」や「向上心」を持つことを当然のように語り、半ば強制することは、会社にとっても社員にとっても、あまりいいことじゃない。そういう類のものは、自然と発生するものであって、押し付けられるものじゃないはずだ。適材適所を意識することのほうが、ずっと大事。

狭い分野で多少の差はあっても、所詮は同じ人間。総合的な能力値に、大差があるはずもない

人材の流動性をあげることが必要だと僕は思うけど、そう簡単にはいかないだろうなぁ。。

「仕事≒お金」と割り切る働き方は有効。

ちょっと本題とズレるから、ここまであまり触れてこなかったけど、「仕事≒お金」と割り切って働くことも、1つの有効な方法論だと僕は考えている。

真の意味で「やりがい」を重視するのなら、雇われた立場に収まる人は少ないのではと思うからだ。「やりがい」を重視した働き方は、既に独立しているか、あるいは将来独立することを視野に入れているなど、会社への依存度が低い人に適した方法だと思う。

雇われて働くことに焦点を当てた場合、「やりがい」や「向上心」がときに邪魔になることがあるのは、誰もが感覚として理解できることだと思う。雇われている以上、何でも自分の思うとおりにできるわけではなく、自分の感情を殺して会社や上司の指示に従わないといけないことなんて、日常茶飯事だからだ。

そういう意味でいえば、「仕事≒お金」と割り切って働く人材は、会社にとって好都合なこともあるし、労働者にとっても、精神衛生上、常に頭の片隅に置いておいて損のない考え方の1つだと思う。

「仕事≒お金」と割り切りつつも、自分の与えられた枠の中で、仕事を楽しんだり、小さなやりがいを見つけるというのが、雇われ人のバランスの取れた働き方なのかもしれないね。

いずれにしても、向上心は持つべきかも。

ただ、勤め先が良い環境とは限らないし、ホワイトな会社が数年でブラックしたり、倒産したりすることもある時代。特定の会社に依存しないで済むように、何らかの形で逃げ道をつくっておかないと、将来的にヤバイことになりそう。そういう意味で、向上心というのは必要だし、やりがいというのは強い武器になるんだろうなぁ…なんて思ったゆとり隊長でした(`・ω・´)


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