退職して2ヶ月で手に入れたもの。

無職になって、早くも2ヶ月が経った。あっという間だったけれど、まだ2ヶ月なんだという思いも強かったりする。

安定した収入と社会的信用、それから2ヶ月という時間を、僕は手放した。だけど、これらと引き換えに手に入れたものも大きかった。たったの2ヶ月で、僕の内部でたくさんの変化が起こったんだなぁと思うと、何だか不思議な感じがする。

ここまでで得られたものは、以前より身軽なくらしと、新しいおもちゃ、それと自分の本心のような何か。今日はそんなお話。

身軽なくらし。

引越しをきっかけに断捨離。

退職して少ししてから、引越しをした。それに伴って、多くのものを手放した。「何とか手放したいと考えている4つのモノ。」で書いた本棚、冷蔵庫、洗濯機、ベッド。それから書籍や衣類もだいぶ減らした。最小限だと言い切れるほど徹底してはいないけれど、目の届くレベルにはなったと思う。

おかげで引越しは、ゆうパックだけで行うことができた。ちょっと大きめのダンボールで5箱ほど。引越し業者さんだと前もって予約しないとダメだけど、ゆうパックなら直前に集荷依頼をすればいいから、すごく楽だった。費用も格安で、たとえ北海道から沖縄に送ったとしても、1万円ちょっとで引っ越せる計算だ。今後、どこでも気軽に動くことができると感じた。

本当に必要なモノへの理解。

今も、引っ越ししてから荷物の量はほとんど変わっていない。洗濯機や冷蔵庫といった大型家電の便利さを痛感する一方で、絶対的に必要かと言われると即答はできない。かといって、不要だと言い切ることもできない。今後、必要になったら買う…それでいいと思っている

引越し前に、不用品はだいぶ手放したつもりだったけれど、今もなお、ダンボールの中で眠っているものも少なくない。

以前にも簡単に紹介した「minimalism 〜30歳からはじめるミニマル・ライフ」という書籍の中で、パッキング・パーティという手法が紹介されている。パッキング・パーティとは、簡単に言えば、すべての所持品をすべて箱にしまい、使うものだけを出していくことで不要なものをあぶり出していくというもの。引越しは、まさにパッキングパーティ。何が必要で、何が不要なのかを、簡単に可視化できるんだよね。

不要なものを眠らせるのは、モノや生産者に対して不誠実だと時折思うようにもなった。自分の所有物なのだから、自分の好きにすればいいんだけど、なるべくなら大切にしたいし、感謝して使いたいよね。

ミニマリズム。

元々は完全なるマキシマリストで、あらゆるスペースにモノが転がっている汚部屋で過ごしていた。モノはないよりは、あるほうがいいと思っていた。

今はそうは思わない。不要なモノは、ないほうがいい

モノが減ると、何となく心が軽くなる。モノが減ると、所持品をより大切にできる。モノが減ると、部屋が広くなる。モノが減ると、住居に縛られなくなる。モノが減ると…以下略。

とにかく、身軽さを感じることができる。以前から構想はあったけど、退職と引越しがあったからこそ、思い切って実践できた。以前の自分からは考えられない。本当によかったと思っている。

新しいおもちゃ。

背景。

5月に入ってからは、新生活も落ち着き、自分のやりたいことを存分にできる環境が整った。最近ずっとTwitterで書き散らかしていたとおり、1ヶ月ほどWeb周辺とプログラミングの勉強に力を入れていた。

はっきりとした目的はなかった。でも、やってみたかった。興味があった。便利そうだと感じた。ちょっと憧れがあった。もっとシンプルに言えば、新しいおもちゃが欲しかった。それだけ。凄まじく浅く、ほどほどに広く、いろいろとやってみた。

学習前の僕の知識は、HTML/CSSならサンプルをコピペして何とか使えるくらい。またプログラミングに関する文法(forとかifとか)を何となく知ってるけど、実際にコードを書いたことはほとんどない。そんな感じ。

教材と環境。

職業訓練やプログラミング学校に通うこともちょこっと検討したけど、マイペースに、かつ短期間で広く学びたかったので、独学を選択。ただ、完全なる独学では迷子になりそうだったので、学習の羅針盤として、Udemyというサイトの動画を利用した。

何やらセール中だったようで、よくわからないけど、ほぼすべての動画が1,200円という破格だった。ギャンブルのつもりで幾つかの動画を買ったけど、最終的には「フルスタック・Webエンジニア講座」という下記の動画が羅針盤とした。あくまで補助としての利用だったので、100%やりきったとはいえないんだけど、非常に優秀な案内人になってくれた。

この動画がなければ、学習の効率が相当落ちていたと思う。僕の場合、1,200円という値段ありきの出会いだったけど、利用した今は、定価(24,000円)くらいの価値は十分にあったと感じている。

【世界で30万人が受講】フルスタック・Webエンジニア講座(2017最新版)

学習の環境には、基本的にCloud9というクラウドIDEを使用した。Cloud9は、様々な言語の開発環境をブラウザ上で提供してくれる便利すぎるサービス。今回はこれに甘えた。開発環境の構築については、必要に応じて学べばいいやという精神で、思い切ってスルーした。めんどくさいことは嫌いです。

やってみたこと。

まずHTML/CSSやJavascript、jQuery、Bootstrapといったブラウザまわり。この辺を学んだ後、いくつかシンプルなサイトテンプレートをつくってみた。このブログを通して、簡単なカスタマイズはしたことがあったけど、1から作るのはとても新鮮だった。

次にPHPとMySQL(データベース)といったサーバーまわり。ほぼ未知の世界で、特にデータベースは難しそうな印象を持っていた。でもやってみたら、基礎の部分はそこまで難しくなかった。その後、会員登録や文章投稿などの最低限の機能だけを持ったアプリケーションをつくった。この辺の知識を深めると、できることが大幅に広がることを実感した。

Web関係のプログラミングといえばこれだろうと思って、ネットからデータを取得したり、分析したりする方法をかじった。TwitterなどのAPIを、JavascriptやPHPから叩いて遊んだ。また、近年何かと話題のPythonという言語をさわった。ライブラリが豊富なことと、シンプルな文法が特色らしい。最低限の書き方を学び、スクレイピングや形態素解析という、いかにもプログラミングっぽい響きのこともしてみた。ライブラリ頼りで「This is a pen」レベルのことしかしてないけど、いろいろと衝撃の連続だった。

最後に、このブログで使ってるWordpressのことを全然知らないなぁと思って、HTMLサイトをWordpressに対応させる手法を簡単に学び、試しにやってみた。これも最低限のことしかやっていないけれど、Wordpressの仕組みを大まかに理解することができ、とても勉強になった。

 

贅沢な時間の使い方。

振り返ると、最高に贅沢な時間の使い方だったなぁと改めて思う。本当にやる気があれば、もう少し時間はかかるだろうけど、働きながらだって十分学べたはずだ。だけど、短期集中型で飽きっぽい僕は、まとまった時間がほしかった。

たったの1ヶ月。だけど自由な身での1ヶ月は、結果的には何かの基礎を学ぶのに十分な時間だった。普段、仕事にどれだけの時間や体力を消費していたのかを痛感したよ

思ったよりも多くのことに取り組むことができ、たくさんの新しいおもちゃをゲットした気分。わくわくがとまらない…なんてね(〃∇〃)

一方で、おもちゃで存分に遊ぼうと思うと、時間なんていくらあっても足りないなぁと毎日のように思っていた。1ヶ月の長さと、1ヶ月の短さを、同時に感じる結果となった

退職したらやろうと思っていたことの1つが、この件だった。お金持ちよりも時間持ちになりたい。心からそう思う。

本心のような何か。

時間がほしい。

前述の2つと違って具体的な話ではないけれど、何の制約もない状況をつくることで、自分の本心を再確認できたのも収穫だった。

つい数ヶ月前までは、ぶつける先のない不満でいっぱいだった。不満の大半は、時間に関するものだった。世間的には、自分は恵まれた環境に置かれているのだろうという思いはあった。それでも、もっと時間がほしいと願った。量の多少を問わずサービス残業はかなりのストレスだったし、毎年有休が消えていくのは悔しくて仕方がなかった。仕事に対するやる気とは、また別の問題だった。

さらに悪いことに、将来的に改善されるどころか、悪化する可能性のほうが大きいと僕は考えていた。それでも職場に対して、強く主張しようとは思えなかった。僕よりずっと優秀な人たちが、僕よりずっと頑張っていた。そしてみんな、良心的で誠実だった。そんな人たちに向かって、不満を言うことはできなかった。

定年までがっつり働くのは無理だと思っているにも関わらず、手に職があるわけでもなくて、需要のある仕事の経験があるわけでもない。そんな現状も相まって、ネガティブな感情が渦巻いていた。

言い訳。

時間がないという言い訳は、多少なりとも筋は通っていた。ある程度恵まれた環境といえど、平日の大半は潰される。その上、業務量や懇親イベントなど、自分ではコントロールできない部分もあった。ついでに休日は、仕事の疲れもあって、だらだらと過ごす日が多かった。仕事は嫌なことばかりというわけではなかったし、休日はリラックスしていた。心身ともに、まだ余裕はあった。だけど、問題を引き伸ばしているだけだということは、自分でも薄々気づいていた。

しかしそれに反して、現状維持は、世間的には最善の選択だった。何でも絶対はないけれど、大人しく現状維持しておけば、生活に困ることはない。さらに言うと、僕の抱えていた「時間が足りない問題」は、同じ環境であっても、全員が抱くわけじゃない。むしろ、抱く人のほうが少数派なのかもしれない。当然に受け入れるべきことであり、問題だと認識すること自体がおかしいという見方もできた。

不満と障害の除去。

それでも強引に、不満と障害を除去することを選んだ。自分が確かに感じている「問題」を、常識の外だからという理由だけで受け流すことはできなかった

退職して無職になったことで、不満と障害はなくなった。やりたいことができる。時間がないという言い訳は、もうできない。現状維持が最善だという状況もなくなった。永遠と無職をできるような貯蓄は当然ないので、自力で次の未知を探さないといけない。

こうして不満や障害を取り除けたことで、ニュートラルな形で今を見つめることができるようになったように思う。また、今までより一層、小さなことに幸せを感じられるようになった。小さな発見も増えた。

理想のライフスタイル。

社会人を経験した後のタイミングで、学生時代のような時間を持てたことは、とても意味のあることだと感じている。

ふっと、以前に書いた「学生時代をだらだら過ごしたと自覚がある人へ。」という記事のことを思い出した。

ここで書いたことは、少なくとも僕にはぴったりと当てはまっている。一時的といえど、文字どおり自由な暮らしを手に入れた。しかし、重視しているのはのんびりとした「日常」であって、今のところ特別なことはしていない。

今の思いを大切に。

たくさん寝て、おいしくご飯を食べて、お風呂にゆっくり入って、気が向いたら散歩をして、ちょくちょく友人と遊んで、ちょっとは勉強をして、気になった本を読んで、面白いマンガを見つけてはテンションを上げて、バカなことをTwitterで呟いて、気の向くままにブログを書いて…。こんな日常が、僕にとっては一番幸せ

今のこの気持ちは、自分の心の底から出てきた本心なのだろう。以前から、自分の本心は自分で十分に理解しているつもりだったけど、本当に大切にしたいことは何か、改めて確認できたことはよかったと思う。

終わりに。

今後どうするかは、現時点でもまだ決めていないし、今回の選択が正しかったかどうかもわからない。不安がないといえば嘘になるけれど、今のところ、後悔はしていない。まぁ後悔するなら、もっと後なんだろうけどね(´・ω・`)

自分の気持ちを大事にしつつも、堂々と自立して生きていきたい。言葉でいうのは簡単でも、実行するのは簡単ではない。今後も苦労はあるだろうし、悩むこともあると思う。

だけど、非現実的な願望だとは思っていない。

長時間労働は嫌だけど、働くこと自体を毛嫌いしているわけではない。また、僕の生き方はお金をそれほど必要としない。今すぐには無理かもしれないけれど、いくつかの段階を踏めば、自分にあった働き方を実現できるはず。

試行錯誤しながら、少しずつ進んでいこう。2ヶ月間の無職生活を経て、浅はかながら、そんなことを考えています。

長文にも関わらず、最後までお読みいただき、ありがとうございました。以上、ゆとり隊長でした(`・ω・´)♪

 


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