学生時代の自由を欲するように、若い頃の健康を欲するかもしれない。

将来への備えと、今を大事にすること。どっちも大切だからこそ、どちらかに偏りすぎてもよくないよなぁ。今日はそんなお話です(`・ω・´)

あなたは楽しみを最後に取っておく派ですか?

いつものとおり、何気なくTwitterを見ていたら、こんなツイートが流れてきた。いつも一方的にお世話になっている遊民さんのツイート。紹介されている記事の著者は、酔いどれ投資家さん

いわゆる真っ当な生き方をしている(してきた)社会人と、リタイア中あるいはリタイアを目指している人との間で意見が大きく割れる、特大級の議題。

上記の記事で、興味深かった箇所を一部抜粋するよ。

 子供の頃、大好物を最後まで残しておいて親に叱られた記憶があります。また友達と最初に食べる派と最後に食べる派でつまらない言い合いをしたこともありました。

 まあ、好物の食べる順番くらいであれば後でも先でも大したことではありませんが、これが人生の楽しみ方であれば話は別です。真剣に考える価値のある大きな問題だと思います。

もう1箇所抜粋。

 あれだけセカンドライフを楽しみにしていたのに、何一つもプランを実行するもなく、自宅でのんびりと自由な時間を過ごすことすらできずにこの世を去りました。ご本人の気持ちを知るすべはありませんが、もう少し楽しんでおけばと後悔されたのでないかと私には思えてなりません。

 刹那的に生きればいいとは思いません。でもだからといって楽しみをすべて後回しにする生き方も正しいとは思えません。ほどほどにでも真剣に「今、この瞬間を楽しむ」ことが大切だとAさんが教えてくれたような気がします。

好物は最後まで残しても必ず食べられる。

上記の記事で酔いどれ投資家さんがおっしゃっているとおり、食べる順番程度なら、大した問題じゃないんだよね。

僕も小さい頃は生粋の「大好物は最後に食べる派」だった。今はあまり意識していないけど、多少はその傾向が残っている。

真面目に考察するところじゃないかもしれないけれど…大した問題じゃないと断定できるのは、次の2点があるからかな。

確実に食べられるという保証がある

ショートケーキのいちごを最後まで取っておいても、トラブルが無い限りは確実に食べることができる。

お兄ちゃんに取られた!とか、世の中にはいろんなトラブルがあるから何とも言えないけれど、トラブルが起こる可能性については、ある程度予測がついてるよね。

重要度が低い

食べ物の恨みは大きい。それは重々承知だ。僕だって、大事に取っておいたモンブランケーキの栗を横からパクリとやられたら、1日中、一切口を聞かない程度には激怒するかもしれない。

とはいえだよ。とはいえ、まぁ1日激怒する程度でしょう。さすがに栗1つで絶交することもなければ、僕の人生が台無しになるなんてこともない。

人生の楽しみ方と食べる順番は違う。

当たり前の話だけど、人生の楽しみ方となると、まったく話が変わるよね。食べる順番と同等に扱うことはできない。

やり直しが効かない

ショートケーキもモンブランも、もう1つ買えばいい。使ったお金もまた稼げばいい。だけど、経過した時間は取り戻せない。

最後がいつかわからない

もう1つ違うのが、最後がいつかわからないという点。人生、何があるかわからない。だけど、自分も含めて多くの人が、平均寿命程度までは生きるだろうと無意識に考えている。近い将来、自分の身に何か起こる可能性はゼロじゃないのに。

似たようなことを書いたことがあるなーと思っていたら、以前に「これからの10年間が、人生最後の10年間だったとしたら。」という記事を書いていた。

このことから、1つわかることがある。それは、僕は最低でも、自分が20年は生きるという前提の下で行動しているということだ。自分が10年しか生きないと思っているのであれば、明日仕事に行くことはないはずだからね。もちろん将来を案ずることは大事だ。

現実問題、ゆとり世代の僕は、50年くらいは先を見据えて行動すべきだろう。だけど、あまり長い期間を重視しすぎるのも、息苦しいよね。でも人は不安に弱い生き物だ。保守的になってしまうと、なかなか抜け出せなくなる。それに人はいつ命を落とすかわからない。あまり先のことばかり考えるのも、それはそれでリスク高い。

もちろん将来のことも考えないといけない。今が良ければすべて良しではまずいよね。だけど、終わりがいつかなんて誰にもわからない。また、終わりの定義もわからない。やりたい内容によっては、ただ生きているだけでなく、身体が自由に動く必要があるかもしれない。

なるべく考えたくないことかもしれないけど、それでも頭の片隅に置いておくべきだと僕は考えている。

社会人から見た学生と、高齢者から見た若年層。

社会人「学生時代はよかったなぁ」

社会人になってよく思うことランキング1位は「学生時代はよかったなぁ」である(ゆとり調べ【2017年3月】)。これはたぶん、僕だけじゃないよね。社会人の楽しさもあるけれど、学生時代は忘れられないよねぇ(´・ω・`)

学生時代はよかったと思う理由は?

学生時代だって、社会人になったら大変だということはわかっていた。わかった上で存分に楽しんだから、反省がないわけじゃないけど、後悔はない。

それでもやはり、いざ社会人になると、「学生時代はよかった」と思わずにはいられないのだ。何が良かったかというと、結局のところ自由だったこと、すなわち「時間」だ。理系だったから授業はほぼフルに入っている年も少なくなかったけど、それでも好き勝手できたからねぇ。

「健康」や「若さ」は財産

大きな問題もなく、無事に定年退職したとしても、同じようなことを思わないだろうか。社会人から見た学生時代の「時間」は、定年退職したときには「健康」や「若さ」に置き換わるのではないか。

僕はまだ、今まで大きな病気やケガをしたことはないし、大学生のような若さは失われつつあるけれど、それでもまだ若い…はず。そんな僕だから、真の意味では価値はわからない。健康や若さを失っても、代わりに得るものがたくさんあると思う。

だけど、健康や若さが大きな価値を持っていることは変わらない。持っているものは、大事にしないといけないよね。

 

人生の最期に後悔しない生き方を。

人生は、ショートケーキのいちごのように、いつでも食べられると約束されているわけじゃない。賞味期限、消費期限が明確なわけでもない。

人生は短くない。常に全力投球というわけにはいかないけれど、体力を温存したままコールド負けするわけにもいかない。

結局大事なのは、死を意識せざるを得なくなったとき、どういう感情を抱くかだと思っている。まったく後悔するなというのは無理かもしれないけれど、なるべく後悔しないよう工夫することはできると考えている。

今の生活が楽しければそれを維持するだけでいいかもしれないし、不満があるのなら何かを変えるべきかもしれない。

だけど、正解は1つじゃないし、万人への正解は存在しない。自分で小さな選択を繰り返していくしかないんだろうなぁ。

わかったようなふりをして書いちゃった。以上、ゆとり隊長でした(`・ω・´)!


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