嗜好品に「ときめき」の魔法を。惰性で食べるお菓子は断捨離。

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僕はお菓子が大好きで、はるか昔に一人暮らしを始めてからは毎日のようにお菓子を貪っていた。だけど最近になって、ちょっと意識に変化が生じたんだ。今日はそんなお話だよ。

お菓子を貪っていたことを白状します。

僕は長い間、常にお菓子が手元にあって当たり前という生活をしていた。大学時代は友達と遊んだ後、コンビニやスーパーでお菓子を1~2個買って変えるのが日課だった。500ml紙パックのジュースも頻繁に買っていて、日によっては2本飲んでしまうこともあった。社会人になって自宅での自由時間が減り、量は半減した。しかしそれでもほぼ毎日のように食べていたことに変わりはない。

僕の守備範囲は広い。クッキーやかりんとう・チョコレートといった甘いものから、ポテトチップス、濡れ煎餅などの塩辛いものまで大好物だ。かっぱえびせんだって、やめられないし、止まらない。

だけど僕にとって、お菓子は幸せが具現化したものであって、書籍と同様に長らく節約の対象から外れていた。お菓子を買うことは、僕の中では正義だった

惰性で食べるお菓子は無駄?

しかし以前から1つ、もやもやしたものがあった。それは「惰性で食べるお菓子は無駄ではないか?」という自身からの問いかけだ。たしかにお菓子はおいしいし、幸せな気持ちにさせてくれる。だけど毎日食べたいほど、自分は常にお菓子を求めているのだろうか…

長年、この問いかけに気づかないふりをしてきた。このブログやTwitterでも、過去に下記のような主張をしてた気がする。

(`・ω・´)「お菓子代はケチらない。僕にとって、お菓子はそれだけの価値がある(どやぁ)」

…だけどやっぱり、もやもやは残ったままだった。この思いは何年もかけて…もしかしたら10年近いかもしれない…とにかく長い時間をかけて、僕の中で根を張っていった(大げさ)。

嗜好品にときめきを。

そんなもやもやを晴らすべく、一時的にお菓子の消費量を減らしてみた。するとある日、僕に衝撃的なできごとが起こった。そのできごとが起こった直後のツイートがこれだ。

おわかりいただけるだろうか。この「ときめき」を。ここまで「♪」が並ぶツイートをすることは、それほど頻繁にあることではないぞ♪♪♪

おわかりいただけるだろうか。明日への希望に満ち溢れた僕の気持ちが(`・ω・´)!!

ときめきが蘇った。

アホらしいでしょ。自分でもアホらしいと思うんだけどさ。ちょっとした衝撃的なできごとだったんだ。確信してしまったんだよ。僕はお菓子へのときめきを失っていた。久しぶりだったんだ。何となくじゃなくて、心から食べたいと思って買ったのが。

ちょっぴり不思議な気分だった。過去にもおいしいものにはたくさん出会ってきたのに、こんなふうに感じたことはなかった。そのときの気分とかノリとか、いろいろな波長がぴったり重なり合ったのかもしれない。もやもやしていたものが確信に変わった。やはり僕は惰性でお菓子を食べていた、と。

「これだ!」と感じたものを買う。

今までだって、食べたいものを買っていた。それは間違いないんだけど、今までは「これがほしい!!」ではなく「まぁこれでいいか」みたいなニュアンスだったのかなと改めて思う。

この日以来、お菓子をはじめとする嗜好品への意識が変わった。毎日買うのはやめて、心から食べたいなと感じたときに買うようになった。意識というのは不思議なもので、気付けば毎日食べていたのが嘘みたいに感じるようになった。

自分でも驚きだ。元々お菓子中毒に近い状態だったのだから。…常識の範囲内では合ったと思うけどね(´・ω・`)イイワケシトク

「ときめき」って大事。

超ロングセラーとなった近藤麻理恵さんの「人生がときめく片付けの魔法」。ちょっと胡散臭い本だなぁと思ってたけど、ここにきて「ときめき」の意味が少しだけわかった気がする。

モノだろうが食べ物だろうが基本的な考え方は同じで、心惹かれるものを取り入れて、余計なものは省いていくのがいいんだろうね。お菓子だって、無駄なものは断捨離だ(`・ω・´)!

ゆる~いお話に最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。以上、ゆとり隊長でした(๑•̀ㅂ•́)و✧

 


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