安楽死は僕たちを救うのか。

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以前から安楽死を認めているオランダで安楽死を認める範囲を広げようとする動きがあるというニュースが、少し前に話題になっていた。与党が安楽死法の改正を目指しているらしい(参考:オランダ政府、安楽死を「人生が終わったと感じている人」にも適用させる法案を提出(excite))。

安楽死や自死について良し悪しを考えるのは難しい。ただ1つ言えることは、自ら死を選ぶという行為は、良くも悪くも、非常に人間らしい行為だということ。基本的に人間以外の動物は、自ら死を選ぶことはないと言われているからだ。

今回の記事は、めずらしく重めの話題。この手の話は嫌いだぞ!という人は、スルーをオススメします(´・ω・`)

日本は自殺大国。

近年は減少傾向にあるといえど、日本では毎年30,000人前後の人が自殺によって亡くなっている。ある調査では、4人に1人が「自殺したいと思ったことがある」と回答したという結果が出ており、大きな関心を集めた。日本はその他の先進国では類を見ない特殊な環境にある。

そんな社会で生きる僕たちにとって、もし安楽死が認められたらどういう影響があるのか。正直安楽死の良し悪しは判断しかねるけど、この記事では、安楽死を率先して導入すべきだという立場で話を進めてみる。

もし日本で安楽死が認められたなら。

もしも日本で安楽死が認められたなら、安楽死をのぞく自殺者数は激減するはずだ。死にたいほど辛いことがあっても、死ぬほど怖い思いをして自殺を敢行しようと思うだろうか。僕なら当然、安楽死を選択する。だって怖いもん。

みんながそう考えるのなら、彼らを救うチャンスが生じる。たとえば安楽死を申請してから3ヶ月なり半年なりの待機期間を定めて、定期的な面談を義務にすればいい。その間にカウンセリングでも何でもして説得できれば、国も家族も本人も、みんな幸せだ。

もし説得できなかった場合も、ある日突然亡くなったという状況と比較すれば、彼らの本音がわかる分、救われるのではないか。

前向きになれる?

ちょっとおまけみたいな書き方だけど、死ぬ気になれば何でもできるって言うじゃん? いざとなれば楽に死ねるんだと思えば、変な迷いが消えて頑張れる人って少なくなさそう。

また今は「長生きリスク」という言葉があるくらい、寿命が伸びて老後の予測が難しくなっている。健康寿命が伸びるのならいいけれど、そういうわけじゃないことも多いから、本人も周囲も大変だ。ちょっと危険な思想だけれど、安楽死があるのなら人生設計は立てやすくなるよね。

死生観の良し悪しを議論するのは難しい。

とりあえず安楽死を肯定する立場で書いてみたけれど、正直そう簡単に良しと判断することはできないよね。国として安楽死を認めるとなると、それはそれは膨大な議論を必要とする。日本の世論から考えると、議論を起こすことすらも難しい気がする。

そういう意味では、安楽死について法を整備したオランダほかいくつかの国はすごい。今回の改正で対象になるのは高齢者のみのようだけど、そういった国ではいつか「死ぬ権利」が当たり前のように認められる日が来るのかも。

とりあえずさ。安楽死を認めたら日本がどうなるかわからないから、僕だけにこっそり認めてくれないかな。もちろんすぐ使う予定なんてないわけだけど、ピンピンコロリが約束されるなんて素敵だよねぇ。

(おまけ)ある哲学者による「積極的な死の受容」の記録。

過去に「自死という生き方」という本を読んだことがある。著者は哲学者の須原一秀氏。彼は2006年に自死を遂げた。そんな彼が死の間際に書き上げた、決して悲観的な死ではなく、淡々と行われた「積極的な死の受容」の記録。まるで麻雀マンガの最高峰の1つ、「天」に出てくるアカギのような最期。

何年も前に偶然この本を知り、なぜか妙に読んでみたくなり図書館で借りた。恐る恐る読み進めたけれど、読了感は悪いものではなかった。賛否両論があるけれど、著者の主張は考えさせられるものがある。興味があれば、一度読んでみてほしい。

今日はちょっと重ための話題。ゆとり隊長でした(´・ω・`)

 


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