不安定な安定より、主体的で自分らしい生き方を。

世の中でいう「安定」というのは、見かけ上の安定に過ぎないのではないか…今日はそんなお話です(`・ω・´)

古き良き時代…的な何か。

良い学校を出て大きい会社に勤めれば、人生安泰という時代は確かにあった。リーマンショックやら何やらと騒がれる前に定年を迎えた世代は、まさにそれに当てはまるんじゃないかな、たぶん。でも、今は時代が変わったよね。それは誰もが認識してることだと思う。

上の世代の人から話を聞いていて思うのは、以下のようなこと。

・以前は社会全体が活気づいていて、将来に希望があった
・働いた分は、見返りがちゃんとあった
・今みたいに、窮屈な世の中じゃなかった

これに加えて、「終身雇用」と「年功序列」…これらがあってこそ、上の世代のいう「安定」に価値があったし、文字どおり安定していた…のだろう。

(あ、でも、昔のほうが労働時間は長かった…という人が多い。24時間働けますかの時代だもんね。恐ろしい。。)

希望も見返りもない、窮屈な世の中?

今はどうなの?

「希望も見返りもない、窮屈な世の中」…は言いすぎかな。だけど、程度の違いはあれど、多くの人が感じていることじゃないかなぁ。

もちろん「年功序列」も「終身雇用」も、どんどん崩壊している。この崩壊事態は、個人的には好ましいことだと考えているけど、「安定」を求める人にとっては、絶望以外の何者でもない。

今は、ゆるい時代。

だけどね。悪いことばかりじゃないよね。今はとにかく、ゆるい時代だ。

インターネットの恩恵は大きい。今やあらゆることを、ネットを介して行える。mixiが流行ったあたりから、オンラインでのコミュニティも浸透し、できることは大幅に広がった。むしろ、ネットでできないことって何だろう…と考えさせられるレベルだ。

しかも、そんなとてつもない秘密兵器を、たかだか数千円かそこらで使い放題なのだから、驚きだよねぇ。

生き方は二極化していく?

こういった時代になり、生き方は二極化しつつあるように思う。すなわち、「不安定な安定」または「主体的な冒険」の2つだ。

不安定な安定。

今の時代は、「安定」という生き方はあまり多くない。誰もが知る大きな会社が、あっという間に崩れ落ちていくのを、近年で何度も見てきたよね。もちろんそういう会社はごく一部だけど、将来の見通しが悪くなったのは、大半の企業で共通のことじゃないかな。

昇給幅は小さくなって生涯賃金は落ち続けているし、サラリーマンの虎の子である退職金や年金も、今後は相当に怪しい。今まで安定だったサラリーマンという生き方は、「不安定な安定」に成り下がってしまった。

主体的な冒険。

一方で、「冒険」という生き方にも、当然ながらリスクが伴う。しかし、こちらは一昔前よりもリスクは軽減されたように感じている。社会が多様な生き方を許容するのようになった。また、前述のとおり、あらゆることがネットでできるようになった。

かつては、大きなリスクを背負わないとできないことが、今は小さなリスクで挑戦することができる。それに、リスクの大きさを自分でコントロールしやすくなった。それは、自分の目標や能力にあわせて、主体的に冒険ができることを意味する。

優秀な人、行動力がある人にとっては、昔より生きやすい世の中だろう。また、僕のように大した取り柄のない人にとっても、たくさんの情報を元に、様々な生き方を選べる時代になったと言える。

「安定思想」と「冒険思想」の期待値が均衡しはじめている?

いろいろ書いたけど、何が言いたいかというと、「安定思想」に係る環境が劣化し、「冒険思想」に係る環境が改善されてつつあることで、両方の期待値が均衡しつつあるのではないか…ということ。

もっとわかりやすく言うと、サラリーマンとして生きることの価値が大幅に減少し、また困難になった。一方で、隠居生活やフリーランスといった暮らしの価値は上昇し、同時に行いやすい環境が整った。

お金と時間の価値は、人それぞれ違うから、一概に「期待値」と数値化することはできない。だけど、絶対に子どもがほしいと強く願う人たちを除けば、均衡しつつあるのではないかと思う。

自分に合った生き方を。

思い込みや世間からの洗脳で、定年までサラリーマンで働かないといけないと思い込み、それで毎日苦しんでいるのなら、とてももったいないと思う。

人生は短い。やりたいことが十分にできないようだと、あっという間に年を取ってしまう。人生は長い。苦しい日々を送る毎日なら、人生は地獄だ。

終わりに:僕は節約に生き方を見い出した。

小さい頃から、みんなと同じであること、あるいはみんなより優秀であることを求められて育ち、気付けば世間の常識にどっぷりという人も少なくないと思う。だけど、それぞれが自分らしい生き方をしていい時代だ。みんなと同じである必要はない。

僕は、節約に生き方を見い出し、年100万円生活を続けている。また、ミニマリズムを取り入れ、ブログ開設時から理想としていた、エコノミニマルな暮らしへと昇華しつつある。これが万人への唯一の正解だとは思っていないけれど、目指す方向性の1つとして、サンプル程度にはなるんじゃないかな。

繰り返しになるけれど、みんなより優秀である必要もないし、同じである必要もない。自分らしく生きることを許容された時代に感謝して、少しずつ前に進んでいけたら…僕はそう思っている。

以上、ゆとり隊長でした(`・ω・´)!


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