逆転の発想を生む「3つの教え」と「リフレーミング」。

考え方を少し変えるだけで、物事がまったく違って見えてくる。そんな経験は誰でもあるんじゃないかな。今日たまたま古本屋で立ち読みした本に、いくつか面白いことが書いてあったので紹介したい。ちょっと意識高い系? 今日はそんなお話だよ(`・ω・´)!

はじめに

本題に入る前に、ちょこっとだけ持論を述べさせてほしい。逆転の発想とか、様々な観点から物事をみるといったことは、何も特別なものじゃなくて、誰でも身につけることができるスキルだと僕は考えている。

ここから先は、かじった程度の知識を使って、ちょっと背伸びしたことをいう。僕の勝手な思い込みで、専門家ではないので、適当に読み流してね。ちなみに下記の本をさらっと読み流した知識。マンガのほうは、特にオススメ。さらっと読めて、発見が多い本だよ(`・ω・´)!

…では続き。発想の転換といった類のスキルはすべて『リフレーミング』の応用だと考えている。ことばの意味は、いつもどおりwikipedia先生に丸投げするよ(´・ω・`)

リフレーミング(reframing)とは、ある枠組み(フレーム)で捉えられている物事を枠組みをはずして、違う枠組みで見ることを指す。元々は家族療法の用語。 西尾和美「リフレーム 一瞬で変化を起こすカウンセリングの技術」によると、「リフレームの目的は、今までの考えとは違った角度からアプローチしたり、視点を変えたり、焦点をずらしたり、解釈を変えたりと、誰もが潜在的に持っている能力を使って、意図的に自分や相手の生き方を健全なものにし、ポジティブなものにしていくことです」(32p)とのこと。

んで、リフレーミングというのは、経験で学ぶことができる。枠組みを変換するための法則を、自分の中に蓄えればいい。わかりやすい例でいうと、長所と短所は表裏一体…なんて言葉。これだって立派なリフレーミングだ。

つまり、短所を長所に読み替えるという枠組みの変換が起こっている。「無愛想」は「落ち着いている」と言い換えられるかもしれないし、逆に「落ち着かない」は「活発である」と言い換えてもいいだろう。こうやって、乱暴な言い方をすれば、自分に都合のいいように解釈を変えていく。これがリフレーミング。

で、こういう転換ツールを自分にインストールしていけばいい。数があえばいいわけじゃない。自分にあったものに絞込み、使い込んでいくことが大事なんだと僕は思う。

 

素直に生きる100の講義。

…ということで本題に行きたい。今日、なんとなく立ち寄った古本屋で出会った本は、リフレーミングのツールになりそうな言葉がたくさんだった。その書籍のタイトルは「素直に生きる100の講義」。著者は「すべてがFになる」で有名な森博嗣氏。

ヒントになる言葉がたくさんあったけど、100のうち、特に気になった3つだけ紹介する。覚書なので、微妙に違ったらごめんね。詳しく知りたい方は、書籍に直接当たってほしい。

原因と結果を逆に認識してはいけない

この書籍の中で言われていたのが「原因と結果を逆に認識している人が、世の中にはたくさんいる」ということ。たとえばこんな話が紹介されていた。

お金をたくさん持っている人に対して「お金がたくさんあると、自由に暮らせていいですね」というのはナンセンスだという話。多くの場合、逆なんだよね。お金があるから自由なんじゃなくて、自由に暮らしたいからお金を稼いだというのが正しい。

このことは他人についてだけじゃなくて、自分についても同様だ。「時間がないから、~ができない」や「お金がないから~ができない」というのも、実際は逆のことがほとんどだ。「~できないから、時間がない」あるいは「~できないから、お金がない」と言い訳しているに過ぎないのではないか。

そう、そのとおりだよ。すごい説得力。何かを踏み出す際に、背中を押してくれそうな言葉だ。リフレーミングツールとして、非常に便利なんじゃないかな。

知ることと気付くことは大きく異なる

書籍の中では次のような例が紹介されていた。僕が勝手に、だいぶ雑な書き方をしてるのはご愛嬌。

たとえばある人の名前を聞いたとき「ふ~ん、あんたそういう名前なんだ。」というのは、ただ知っただけ。「あぁ! あなたが~さんですか!!」となるのが、気付くこと。つまり気付くには、自分の中の知識と結びつくことが必要になる。

今回紹介した本とは異なるんだけど、読書術に関する何かの本で、なるほどと思ったものがあるので紹介する。読書で多くのことを学ぶ人と、ただ読んだだけで終わってしまう人について、前者は「なるほど」という感想を持ち、後者は「そういうものか」という感想を持つ。みんな、同じことを言っているんだね。

新しく学ぶことで大きな進歩があるのは、「知ること」ではなく「気付くこと」だ。断片的な知識が、何かのきっかけで結びつくときにこそ、新しい何かが生まれる。「知ること」は受動的でもできるけど、「気付くこと」は能動的になり、自分で考えないとできない。その分、発見や刺激は圧倒的に大きい。そして「気付き」があると、多少つらいことも、楽しくできるんじゃないかな。僕はそう思っている。

技術とは簡単な方法を探すこと

最後の1つはこれ。「技術とは簡単な方法を探すこと」。技術と聞くと、普通に人にはできない、何かすごいものというイメージがあるよね。だけどこれは誤りらしい。ある程度経験のある人であれば、誰でも再現できてこその技術なんだそうだ。逆にある特定の人だからこそできるものは、技術ではなく「芸術」と呼ぶのだという。

技術というのは、不可思議で神秘的なものではない。手間がかかり、多少泥臭くても、みんなが安定して再現できるもの。それが洗練された技術。それができないものは、「芸術」の1種か、あるいは技術的な進歩が未熟な分野だといえる。

ここからは僕の個人的な意見なんだけど、世の中の多くは「芸術」ではなくて「技術」だと思っている。すべてが「技術」から成っているものはあっても、すべてが「芸術」から成っているものなんて、ほとんどないんじゃないかな。絵画や音楽であっても、やはり技術がそれなりの割合を占める・・・よね(´・ω・`)?

「芸術」は才能が必要不可欠だと思うけど、「技術」に関しては努力でカバーできる。何かやりたいことがあるのなら、才能を言い訳にすべきではないよね。そんなことを考えさせられる言葉だった。

 

おわりに

んー。「リフレーミング」という単語と今回の書籍紹介とを上手く繋げるつもりが、後ろ2つは微妙にニュアンスが違ったかな(´・ω・`)苦笑

前半部分は消してもよかったんだけど、もったいないので、まぁいいか精神でそのまま公開! なんとなく手に取った本だったんだけど、おもしろい言葉にたくさん出会えてよかった。これだから書店や古本屋めぐりは止められないんだよなぁ。

 

以上、ゆとり隊長でした(`・ω・´)!

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